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国連科学委員会レポートの内部被ばくの矮小化(後半)

後半部分です。

前半は以下をご覧ください。
3.安定ヨウ素剤の重要性
3-1. 原発事故における安定ヨウ素剤の重要性
・事故の初期段階で最も危険なのは、呼吸による放射性ヨウ素の同位体の体内への吸収である。何故なら、呼吸により吸収された放射性ヨウ素は、経口摂取よりも早く血液に入り、最初の数日間で、甲 状腺に大量に蓄積されるからである。甲状腺への放射性ヨウ素の同位体の選択的且つ急速な濃縮は、甲状腺に高度の被曝ばくをもたらす。放射性ヨウ素の蓄積は、年齢によって異なる。

例えば児童では、甲状腺が小さく、その機能が昂進している為、吸収される線量は成人の数倍に及ぶ。新生児と1歳児では、吸収された放射能の1単位あたりの被曝ばく線量は、成人の25倍に達する。呼吸の頻度がより多く、甲状腺がより小さい新生児にとって、呼吸によって摂取された放射性ヨウ素は、特に危険である(文献16)。

・安定ヨウ素剤を被ばくする前に飲むと放射性ヨウ素の甲状腺取込みをブロックできる(被ばくの後の内服でも(時間とともに減少していくが)効果はある)
・甲状腺がん発生に対する被ばく量のしきい値はないと考えるのが現実的 (3-3-1参照)

3-2.なぜ、福島原発事故では、住民は安定ヨウ素剤を内服しなかったか
福島原発事故では、住民以外の関係者は被ばく量や年齢に関係なく、安定ヨウ素剤を内服していたが、住民は上からの指示がなかったので内服できなかった。内服していたら、これほどまでに甲状腺がんは発生しなかった可能性が高い。

2011年8月27日開催された放射線事故医療研究会でにおいて、その研究会会長で原子力安全委員会のメンバーでもあった鈴木元氏は、抄録集で「安定ヨウ素剤に関しては、原子力安全委員会は、3 月 13 日に体表面スクリーニングレベル 10,000cpm で安定ヨウ素剤を投与すべきとのコメントを 2 度に亘り ERC に送っているが、政府対策本部から福島県知事に安定ヨウ素剤の服用指示 が出されたのは、避難が終了した翌日の 3 月 16 日 10 時であった。」と報告 (文献17) し、その研究会の席で、「当時の周辺住民の外部被曝の検査結果などを振り返ると、少なくとも4割が安定ヨウ素剤を飲む基準を超えていた恐れがあり、安定ヨウ素剤を最低1回は飲むべきだった」との発言があったと報道されている。

では、なぜ住民は安定ヨウ素剤を飲まなかったか

3-2-1国・県からの目線だと
・被ばく量はあまり多くないと考えていた。
・日本人はヨウ素摂取量が多いのである程度の被ばくでも安定ヨウ素剤は必要ないと考えている専門家も少なくない。
しかし、本行らの動物実験によると、図のように日本人の平均ヨウ素摂取量相当を連日投与してから131Iを被ばくさせても、有意な甲状腺取込み抑制効果は見られていない(文献18)。

図 日本人は日ごろヨウ素を多くとっているので、
それだけで放射性ヨウ素の甲状腺取込み抑制効果はあるか?
 

本行さん論考図.jpg


日本人の1日平均摂取量相当のヨウ素含有物質(昆布、ヨウ化カリウム、ポビドンヨード嗽薬)をマウスに投与して、131Iの甲状腺取込率(体重あたり)を計測。マウスに日本人の1日平均摂取量相当のヨウ素含有物質を投与しても、131Iの甲状腺取込は抑制されなかった。

・安定ヨウ素剤の配布・内服指示を「甲状腺被ばく量が100mGyを超えたら」と考えていた(文献19)。
・原子炉に気を取られ、住民の健康影響まで気配りできなかった。
・国は「避難を最優先した」と言い訳をしているが、避難と安定ヨウ素剤内服はセットで組まれていて同時にできたはずである。

3-2-2住民からの目線だと
・上からの指示がなく、配布されてこなかった。
・被ばく時の安定ヨウ素剤内服の重要性を知らなかった。
・安定ヨウ素剤の副作用ばかりが強調されて、内服に抵抗感を持っていた。
「三春町では町の尽力により、安定ヨウ素剤は、対象となった 40 歳未満の住民または妊婦のいる世帯(7,248人 3,303世帯)のうち、94.9%の 3,134 世帯に配布されたが、西川らの調査によると、小児甲状腺検診受診者の中で安定ヨウ素剤を内服したのは 63.5%(961 人のうち610 人)であった。

配布されても1/3以上が内服しておらず、その理由については、内服に関する不安が最多の 46.7%を占めていた」と述べられている(文献20)。

3-3. 福島原発事故では、被ばく量に関係なく、全員安定ヨウ素剤を服用すべきだった

3-3-1なぜ安定ヨウ素剤は全員に必要か
・放射性ヨウ素が甲状腺に侵入すると甲状腺がんや他の疾患を引き起こすが、予め安定ヨウ素剤を摂取しておくと放射性ヨウ素の侵入を防ぐことができる。
・「甲状腺被ばく量がある数値以上だったら安定ヨウ素剤を飲みましょう」というのはおかしい。(事故前は100mGy(Sv)以上で配布・内服と決められていた(文献19))。そもそも、内服するための被ばく量を測定していたら、飲むべきタイミングを失ってしまう可能性が高くなる。
(現在の原子力規制庁の指針(文献21)では内服時の線量基準は撤廃されている)

・安定ヨウ素剤が40歳以上は必要ないというのもおかしい。
(40歳以上でも甲状腺がんや他の疾患の発生の報告例がある。福島原発事故では、住民以外の関係者は被ばく量や年齢に関係なく、内服していた)
・病気へのなりやすさに個人差があるのと同様に、放射線に対する甲状腺の感受性(影響度)には個人差が非常に大きいことを認識する必要がある(文献22)。

・チェルノブイリ原発事故では、低線量被ばくでも甲状腺がんが多発している報告例がある。ウクライナの小児甲状腺がん患者345人(手術時14歳以下)の甲状腺被ばく線量の分布では、 100mGy未満で51.3%、10mGy未満でも15.7% 甲状腺がんが発生している(文献23)。ベラルーシとロシア連邦の18歳以下の甲状腺がん症例298人のうち、100mGy未満で32.6%、10mGy未満でも7.0% 甲状腺がんが発生している(文献24)。

3-3-2安定ヨウ素剤の重篤な副作用は報告されていない
・Spallekらは安定ヨウ素剤の副作用に関する14の論文をレビューして、安定ヨウ素剤の重篤な副作用は認められなかったと報告している(論文25)。

・原子力規制委員会報告書によると、「副作用として, 急性期のアレルギー反応が生じる可能性は, 安定ヨウ素剤の成分に照らすと極めて低く, また中長期に起こり得る甲状腺ホルモンの分泌異常による健康影響は, 単回服用で生じる可能性は極めて低い。
服用を優先すべき対象者(妊婦・授乳婦・新生児・乳幼児・小児)が, 服用指示が出された際に服用を躊躇することがないよう, 副作用のリスクよりも, 服用しないことによる甲状腺の内部被ばくのリスクの方が大きいことについて, 平時からの周知が必要である。」(文献26)と、副作用のリスクよりも, 服用しないことによる甲状腺の内部被ばくのリスクの方が大きいことを初めて明記している。

3-3-3妊婦や乳児に安定ヨウ素剤内服について
妊婦や乳児への2日目以降の安定ヨウ素剤投与については安全性が確認されていない。従って、現在の指針(文献21)にも期されている屋内退避の指示は不可である。(屋内退避すると、妊婦や乳児は安定ヨウ素剤を内服しないまま、被ばくし続けることになるため)。


4.今後の原発事故に備えて
住民は、安定ヨウ素剤内服の重要性をしっかり認識して、自衛意識を強く持つ必要がある。そして、安定ヨウ素剤が全員にいきわたる可能性は極めて低いので、日ごろから安定ヨウ素剤の代替物質を考えておくのが賢明(特に昆布は有効)である。本行らの実験結果を参照されたい(文献27)。

国は、責任逃れのためにICRPやUNSCEARという国際権威を隠れ蓑にして福島原発事故の推定被ばく量を必死に下げ、安定ヨウ素剤内服の指示を出さなかったことを正当化しようとしているようにみえるが、いくら下げたところで、同じような事故が起これば、福島と同じような事態を繰り返すことになる。
少なくとも安定ヨウ素剤が全員にいきわたれば、甲状腺がんの発生頻度はかなり抑えられると考えられる。

おわりに
未だに日本人は一律にヨウ素摂取量が多いと信じたり、安定ヨウ素剤の重要性を理解してない人が「放射線の専門家」と称するのは即やめていただきたい。
また、原発が稼働している限り、事故に備えての住民の迅速な避難と安定ヨウ素剤内服の完全な準備は最重要事項であり、それができないようであれば原発を稼働させてはいけない。


参考文献
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9. 福島県農林水産部 農林水産分野における 東日本大震災の記録 第1版 沿岸漁業における対応 p83, 2013.

10.白石草 UNSCEAR 2020年報告で大幅に減った「経口摂取」甲状腺被曝を検証する 科学 :91,898-910,2021.

11. 塚田信,他.日本人学生のヨウ素摂取量調査-「日本食品標準成分表 2010」に基づいて 日臨栄会誌 35:30-38, 2013.

12. Leggett, R.W. A physiological systems model for iodine for use in radiation protection. Radiat Res, 174:496-516,2010.

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16. 2011年ウクライナ国家報告 チェルノブイリ事故から25年:将来へ向けた安全性 第8章 安全強化

17. 鈴木元 緊急被ばく医療の現状と将来の展望 第15回放射線事故医療研究会抄録集 2011年8月27日。

18. 本行忠志、澤井幸光、浪瀬真大、石橋倭生、口野寛史、関樹、広瀬翔大、山村健太郎、上田康之 核関連事故の際の安定ヨウ素剤とその代替物質に関する研究 第61回放射線影響学会大会 2018年11月 長崎。

19. 原子力安全委員会 平成14年  原子力災害時における安定ヨウ素剤 
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21. 原子力規制庁の指針 安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって(令和3年7月21日 一部改正)。

22. 本行忠志 放射線の人体影響-低線量被ばくは大丈夫か 生産と技術 66:68-75,2014.


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25. 原子力規制委員会「安定ヨウ素剤の服用等に関する検討チーム」会合 報告書 (概要版)平成31年。


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