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大川小学校の悲劇

東日本大震災の津波によって、宮城県石巻市立大川小学校の児童74名、教職員10名が犠牲となった。いまだに4名の児童が行方不明になっている。大川小学校を襲った津波は8.6m。裏山に逃げれば命は間違いなく助かった。校庭へ避難してから実際に避難行動までは47分もあった。避難開始した時には、既に津波はすぐ近くの富士川が越水。

その4分後に川に向かって避難してしまった。誰がどのような判断をしたのか?避難行動開始が、あまりにも遅すぎたのではないか?すぐ裏山には校舎よりも若干高いコンクリートで固められた平らな場所(津波の高さからギリギリ?但し孤立する可能性はあったが、命は助かったず?)があった。当時いた児童78名と教職員10名が一時退避する場所としての広さは十分だったはず。

ここに避難するには5分で可能だ。越水してから逃げても命は救われたはずだ。更に高い杉林に逃げれなかったのか?細い道はあったのに・・・小学1、2年生にはきつそうな山道でも登れない事は無かったはず。

現場は富士川と北上川が並行して流れている。北上川が越水したのは富士川の越水の5分後、避難開始してから1分後。どうみても越水している富士川や北上川に向かって避難する事はあり得ない。三角地点に避難しても(せいぜい3m程度の高さ?)津波の被害は避けられなかったはず・・・

北上川と並行している特殊な地形である事を考慮すれば、避難対策が十分されていたようには見えませんでした。教育委員会や学校の責任は重大だろうとの感触を得た。

尊い84名の命を救う手立てはあったはず。さぞかし両親の無念さは計り知れないものだろう。非常に残念な思いで悔やまれる。(合掌!)

 

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【体育館横の杉林への入り口】
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【校舎より若干高いコンクリートで固められた地点】
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【体育館横の裏山・杉林への坂道】
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【富士川と北上川
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【北上川】
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【避難しようとした三角地帯】
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                    【パンフレットより】   

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