100年経っても収束は不可能
たんぽぽ舎のメルマガの一部を転載
元京都大学の小出裕章さんへのインタビュー記事
福島第一原発事故「収束」の真実 (下)
| 圧力容器の土台を突き抜けた炉心 100年経っても取り出すのは無理
| 今生きている誰もが事故の収束は見られない
└──── 小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所)
Q:福島の現状は?
敷地内と外と二つに分けて説明します。
◆まず、原発敷地内です。
福島第一原発1・2・3号機は、全て炉心が熔融し、冷却水を注ぎ続けなければ
ならなくなっています。
この汚染水は、既に100万トンを超えて、貯水タンクも敷地一杯に広がり、
汚染水は海に流されています。
東京電力は、事故収束に向けたロードマップを作っていますが、最終的には、
熔け落ちた炉心を安全に回収するか、閉じこめることが絶対必要です。
当初東電は、熔けた炉心を掴み出し、安全な容器に封入して保管することが
事故の収束だと言ってきました。30~40年の計画でした。
ところがこの計画の破綻が確定しました。なぜなら、この計画の前提は、「炉心は
圧力容器の真下に饅頭のように堆積している」との想定でしたが、各種調査
の結果、炉心は、圧力容器の土台であるペデスタル(コンクリート製の台座)を
突き抜けていることが確定したからです。
仮に炉心が格納容器の真下にあったとしても、そのままでは猛烈な放射線が放出
されていますから、東電は、格納容器を修理して水で満たし、放射線を遮って
取り出し作業をする計画でしたが、これも不可能であることが確定しています。
格納容器は、地震と水素爆発によるダメージでボロボロになり、あちこちに穴が
開いているので、いまだに水を貯めることができないのです。
事故から7年半経って、格納容器のどこがどんなふうに壊れているかすらわかっていないのです。
これらを全て修理して水を満たすことなどできません。
そこで東電は、ロードマップを書き換えました。
格納容器の胴体に穴を開けて、特殊な工具を入れて炉心を取り出す計画です。
しかし放射線を遮る水が使えなくなるので、作業者は、膨大な被ばくを強いられます。
100年経っても無理だと思います。
今生きている誰も、事故の収束を見ることはできないのです。
広島原爆1000発分の放射性物質が放出されている
◆次に敷地外の状況です。
原発事故によって大気中に放出された放射性物質は多様です。
そのうち、私が人間に対して一番危害を加えると考えているセシウム137は、
日本政府のIAEAへの報告書によると、広島原爆168発分だとされています。
その他にも汚染水として貯まり続け、そして海に流れ出ている分を含めると、
福島原発事故は、広島原爆の死の灰の数百~1千発分の放射性物質を環境中に放出したのです。
ただし、大気中の放射性物質のうち8~9割は、偏西風に乗って太平洋に運ばれました。
したがって、日本列島に降り注がれた放射性物質は全体の1~2割程度です。
しかしそれでも、放射線管理区域に指定されなければならない4万Bq/平方m以上の
汚染がある地域は、14000平方kmにものぼります。
放射線管理区域では、飲食は禁止されていますし、そこにあるものを区域外に持ち出すことも
禁止されています。人が生活してはいけない場所です。
そのうち1100平方kmは、猛烈な汚染のために日本政府は避難を命じましたが、
残りの12900平方kmの地域では、法律で人が生活してはいけないとされる場所に、
数百万人の人が棄てられてしまっています。
さらに強制避難を命じた1100平方kmのうち6~7割にあたる地域では、昨年
3月に避難命令が解除され、帰還しなければ住宅補助をはじめ一切の補助が打ち切られる
事態となっています。
それでも自力避難している人はたくさんいますが、帰らざるを得ない多くの人たちが帰還を始めています。
◆避難者も残された住民も同じ被害者
さらに問題なのは、住民どうしの分断です。帰らない人たちに対し「帰って復興しよう」と
いう呼びかけがなされ、さらに「帰らないことは、汚染を認めることになるので、復興の邪魔だ」と
攻撃してしまう事態にもなっています。
強制避難させられた人は無論被害者ですし、本来放射線管理区域に指定されるべき地域に
棄てられて生活を強いられている人々も被害者です。
また、子どもたちを守るために帰還をせずに頑張っている自主避難者も被害者です。
このように多様な被害者が、お互いに非難・反目しあうという事態が生まれています。
その一方で加害者である東京電力や政府は、誰一人責任をとることなく、次々と原発を再稼働させ、
海外に輸出することまでやろうとしています。
被害者は、お互いに多様な苦悩があることを認めあって、団結して加害者と闘うという歴史を
作っていくことを願っています。
最後に、事故当日に出された「原子力緊急事態宣言」が未だに続いているという異常事態を
指摘しておきます。
「緊急事態」が1週間続いたというのなら理解できますが、7年半も続いており、
いつ解除されるかもまったくわかりません。
100年経っても無理でしょう。
なぜなら、主要な汚染物質であるセシウム137の半減期は、30年です。
100年経っても10分の1です。帰還困難区域に指定されている370平方kmについては、
100年後でも、管理区域である4万Bq/平方mを越えてしまいます。
緊急事態宣言は、解除できないのです。
敷地内の原子炉は、100年経っても収束できないし、敷地外の悲劇は100年経っても
なくせないという事故は、今も続いているのです。 (了)
(人民新聞2018年8月25日号より了承を得て転載)
元京都大学の小出裕章さんへのインタビュー記事
福島第一原発事故「収束」の真実 (下)
| 圧力容器の土台を突き抜けた炉心 100年経っても取り出すのは無理
| 今生きている誰もが事故の収束は見られない
└──── 小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所)
Q:福島の現状は?
敷地内と外と二つに分けて説明します。
◆まず、原発敷地内です。
福島第一原発1・2・3号機は、全て炉心が熔融し、冷却水を注ぎ続けなければ
ならなくなっています。
この汚染水は、既に100万トンを超えて、貯水タンクも敷地一杯に広がり、
汚染水は海に流されています。
東京電力は、事故収束に向けたロードマップを作っていますが、最終的には、
熔け落ちた炉心を安全に回収するか、閉じこめることが絶対必要です。
当初東電は、熔けた炉心を掴み出し、安全な容器に封入して保管することが
事故の収束だと言ってきました。30~40年の計画でした。
ところがこの計画の破綻が確定しました。なぜなら、この計画の前提は、「炉心は
圧力容器の真下に饅頭のように堆積している」との想定でしたが、各種調査
の結果、炉心は、圧力容器の土台であるペデスタル(コンクリート製の台座)を
突き抜けていることが確定したからです。
仮に炉心が格納容器の真下にあったとしても、そのままでは猛烈な放射線が放出
されていますから、東電は、格納容器を修理して水で満たし、放射線を遮って
取り出し作業をする計画でしたが、これも不可能であることが確定しています。
格納容器は、地震と水素爆発によるダメージでボロボロになり、あちこちに穴が
開いているので、いまだに水を貯めることができないのです。
事故から7年半経って、格納容器のどこがどんなふうに壊れているかすらわかっていないのです。
これらを全て修理して水を満たすことなどできません。
そこで東電は、ロードマップを書き換えました。
格納容器の胴体に穴を開けて、特殊な工具を入れて炉心を取り出す計画です。
しかし放射線を遮る水が使えなくなるので、作業者は、膨大な被ばくを強いられます。
100年経っても無理だと思います。
今生きている誰も、事故の収束を見ることはできないのです。
広島原爆1000発分の放射性物質が放出されている
◆次に敷地外の状況です。
原発事故によって大気中に放出された放射性物質は多様です。
そのうち、私が人間に対して一番危害を加えると考えているセシウム137は、
日本政府のIAEAへの報告書によると、広島原爆168発分だとされています。
その他にも汚染水として貯まり続け、そして海に流れ出ている分を含めると、
福島原発事故は、広島原爆の死の灰の数百~1千発分の放射性物質を環境中に放出したのです。
ただし、大気中の放射性物質のうち8~9割は、偏西風に乗って太平洋に運ばれました。
したがって、日本列島に降り注がれた放射性物質は全体の1~2割程度です。
しかしそれでも、放射線管理区域に指定されなければならない4万Bq/平方m以上の
汚染がある地域は、14000平方kmにものぼります。
放射線管理区域では、飲食は禁止されていますし、そこにあるものを区域外に持ち出すことも
禁止されています。人が生活してはいけない場所です。
そのうち1100平方kmは、猛烈な汚染のために日本政府は避難を命じましたが、
残りの12900平方kmの地域では、法律で人が生活してはいけないとされる場所に、
数百万人の人が棄てられてしまっています。
さらに強制避難を命じた1100平方kmのうち6~7割にあたる地域では、昨年
3月に避難命令が解除され、帰還しなければ住宅補助をはじめ一切の補助が打ち切られる
事態となっています。
それでも自力避難している人はたくさんいますが、帰らざるを得ない多くの人たちが帰還を始めています。
◆避難者も残された住民も同じ被害者
さらに問題なのは、住民どうしの分断です。帰らない人たちに対し「帰って復興しよう」と
いう呼びかけがなされ、さらに「帰らないことは、汚染を認めることになるので、復興の邪魔だ」と
攻撃してしまう事態にもなっています。
強制避難させられた人は無論被害者ですし、本来放射線管理区域に指定されるべき地域に
棄てられて生活を強いられている人々も被害者です。
また、子どもたちを守るために帰還をせずに頑張っている自主避難者も被害者です。
このように多様な被害者が、お互いに非難・反目しあうという事態が生まれています。
その一方で加害者である東京電力や政府は、誰一人責任をとることなく、次々と原発を再稼働させ、
海外に輸出することまでやろうとしています。
被害者は、お互いに多様な苦悩があることを認めあって、団結して加害者と闘うという歴史を
作っていくことを願っています。
最後に、事故当日に出された「原子力緊急事態宣言」が未だに続いているという異常事態を
指摘しておきます。
「緊急事態」が1週間続いたというのなら理解できますが、7年半も続いており、
いつ解除されるかもまったくわかりません。
100年経っても無理でしょう。
なぜなら、主要な汚染物質であるセシウム137の半減期は、30年です。
100年経っても10分の1です。帰還困難区域に指定されている370平方kmについては、
100年後でも、管理区域である4万Bq/平方mを越えてしまいます。
緊急事態宣言は、解除できないのです。
敷地内の原子炉は、100年経っても収束できないし、敷地外の悲劇は100年経っても
なくせないという事故は、今も続いているのです。 (了)
(人民新聞2018年8月25日号より了承を得て転載)