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青森『ねぶた』

青森ねぶたが2日より3年ぶりに開催されている。6月に北東北の旅で弘前ねぷた、青森ねぶた、五所川原名の立佞武多を見学してきた。その由来や名称『ねぷた』と『ねぶた』の読み方にも青森県内の方言の違いによるものである事がわかった。

弘前のおとなしい『ねぷた』、青森の激しい『ねぶた』、五所川原の勇壮で高さ23mもの『立佞武多』もそれぞれの風土と歴史、方言が影響している事を知った旅であった。弘前のねぷたが歴史的には最も古いと思われる。

以下に青森『ねぶた』の歴史の一部を転載する。
詳細は以下をご覧ください。

青森ねぶた祭は、七夕祭りの灯籠流しの変形であろうといわれていますが、その起源は定かではありません。
奈良時代(710年~794年)に中国から渡来した「七夕祭」と、古来から津軽にあった習俗と精霊送り、人形、虫送り等の行事が一体化して、紙と竹、ローソクが普及されると灯籠となり、それが変化して人形、扇ねぶたになったと考えられています。


初期のねぶたの形態は「七夕祭」であったのでしょう。そこに登場する練り物の中心が「ねぶた」と呼ばれる「灯籠」であり、七夕祭は7月7日の夜に穢れ(けがれ)を川や海に流す、禊(みぞぎ)の行事として灯籠を流して無病息災を祈りました。これが「ねぶた流し」と呼ばれ、現在の青森ねぶたの海上運行に表れています。


「ねぶた(ねぷた・ねふた)」という名称は、東北地方を始め、信越地方「ネンブリ流し」、関東地方「ネブチ流し・ネボケ流し・ネムッタ流し」等の民俗語彙分布と方言学から「ねむりながし」の眠りが「ねぶた」に転訛したものと考えられています。
【弘前『ねぷた』】は以下ご覧ください。
【五所川原の『立佞武多』】は以下ご覧ください。


以下は青森市の『ねぶたの家・ワラッセ』の展示『ねぶた』

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